ガール・イントゥ・フェアリー

『私の名前はジェーン! ちょっとだけ背の低い、ごくごく普通な女子高生!』なんて、現代ファンタジー小説にありがちな、面白味のない自己紹介文が彼女の頭に浮かんだ。おやつ時にそんなどうでもいいことが頭によぎる位には、外から台所を通りなんとか自室に戻れた彼女はクタクタだった。

 午前の間は中々に調子が良かった。彼女は朝食のイチゴを美味しく食べられ、新しい絵の下書きも順調に進められた。トラブルに巻き込まれたのは午後からだった。彼女の父がアレルギーを理由に、業者へ庭に植えられていた立派なサンザシの木の伐採依頼を出していた。ジェーンは少し物悲しさを感じながら、自室の窓からその様子を眺めていたが、それが予定通り地に伏した時異変が起きた。

 突如、まるで身体の芯から莫大なエネルギーが拡散するかのような、正体不明の何かが彼女の身体に襲いかかったのだ。そしてそれにより彼女は思わず窓から手を離し、そのままベッドに倒れワケもわからないまま意識を失ってしまったのである。

 ……彼女が再び意識を取り戻したのは、昼間でもきらめく星空と木に囲まれたレストランという『魔法のような』……いや正確には、『魔法による』場所であった。目を覚ましたジェーンは不思議なことにそこの上質な椅子に座っており、そして温かな雰囲気を身に纏う女性が机越しに向かい合って座っているのに気がついた。彼女はここのオーナーをしているアルバと名乗り、事態を飲み込めないでいるジェーンに対し、その迷い子にとって必要になるであろう様々なことについて優しく語ってくれた。

 それらは、ただの一般人である彼女にとって、目を白黒させるような内容であった! 簡潔にまとめると、この世界には魔法が実在し魔法使いも暮らしていたが、その力を恐れた人々に迫害され、今は彼らや魔法の生き物達の大半は自ら生み出した魔法の世界で生きていて、アルバはその二つの世界を繋ぐ門の管理人である……というものであった。

 他にも諍いを避けるためみだりに魔法を見せびらかしてはならないだの、アルバも人間ではなくドリアードという魔法の生き物であるだの、「よかったら」と彼女からお土産に貰ったアップルパイが美味しそうな匂いがするだの、ジェーンが気を配った情報はいくつも存在した。だがしかし、彼女に最も興味と影響を与たものは別だった。それは……

「ねえ、ジェーン? 早くこれを切って食べましょうよ~?」

……そう、それが彼女があの店を出てからずっと、ジェーンの回りをキラキラと光の軌跡を残しながら飛んでいる『妖精』であり、名を『アシュリン』という。この大きさわずか6”(=約15cm)程のフィギュアのようなサイズ感の金髪碧眼少女。なんと彼女は、あの斬り倒されたサンザシの木を住居にしていた被害者であり、同時にジェーンをアルバのレストランまで何らかの方法で拉致した加害者でもあるのだ。

 そんなアシュリンは現在、部屋の様子に首を傾げているジェーンの短い黒髪辺りをうろうろしながら、不満げに彼女に呼び掛けている真っ最中である。

「ジェーン! ジェーンったら! 早く切って頂戴! アルバのアップルパイは間違いなく美味しいわよ!」

「ちょっと待って……。やっぱり、ベッドに倒れてから記憶がない……。あと、私の服がまるで新品のようにピカピカなのも気になるわ。ねぇアシュリン? 改めて聞くけど、靴もなしでどうやって私をあそこへ連れ出したの?」

 なるほど。彼女が今着ているキャミソールやショートパンツ、おまけにストッキングは買ってから大分経つため少し痛んでいたはずなのに、まるで新品のようだった。

「ん? 服ならボロボロだったしアルバが気を効かせて魔法で直したんじゃない? ……それよりもジェーン! 私の代わりの宿り木さん! ちょっとは私の願いを聴いてくれてもいいんじゃない!?」

 幼げな見た目に違わず、子供のようにプリプリと怒っている彼女を見て、ジェーンはため息をつく。彼女の言い回しには色々と引っかかったが、これ以上放置するのも面倒だと思い、ジェーンはソファーの脇のスツールに置かれたアップルパイに手を伸ばす。

「えーっと、ごめんごめん。……うーん、大きさはこれくらいかしら? ……よし。はい、どうぞ」

 ジェーンはあらかじめ台所で八等分にしていたアップルパイの一切れの先端を、さらにアシュリンの身体のサイズに合わせて、それをフォークで分断し彼女に分け与えた。

「そう、それでいいのよ。ありがとねジェーン!」

 とたんにニコニコするアシュリン。

「やっぱりとっても美味しい! アルバの腕は最高ね!」

『もう、現金なんだから……』と心の中で呟きつつ、ちょうどいいタイミングだと思い、ジェーンもソファーに腰掛けてアップルパイを一切れ選んで口に入れた。

「! このパイ、絶妙な甘さとパイのサクサクとした食感が凄く良い……! うん、美味しい!」

「でしょ!!」

「なんであなたが威張ってるのよ……? でもそうね。確かにこれは最高だわ」

 腰に手を当て何故か自慢げに振る舞うアシュリンに、ジェーンは思わず笑みを浮かべた。それから二人は、自分の分を食べ終えるまでのしばらくの間、和やかな雰囲気の下でのおやつの時間を楽しんだ。

 それから数分後……、

「あぁ、美味しかった……! でも出来ればもっともっと食べかったなぁ~」

 お腹をいっぱいにしつつも残念そうに呟くアシュリン。

「私は……正直まだお腹に余裕はあるけど止めとくわ」

 ジェーンは、自分がたった今食べ終えたアップルパイ一切れと、アシュリンが食べられたアップルパイの欠片を脳内で比べ、彼女を少し不憫に思い二切れ目に手を伸ばすのを遠慮した。

「ほんと、あなたが羨ましいわジェーン。私にもジェーンみたいに余裕があれば、まだまだたくさん食べられるのに!」

「しょうがないわよ。貴方の身体じゃそれくらいの量が限界よ。寧ろ、体のわりによく食べたと思うわ。……ほら、アップルパイは残しといてあげるから……」

 ジェーンはそう言ってアシュリンを慰める。がその言葉の途中から、アシュリンは大きく目を開け微動だにしなかった。

「……私の、身体じゃ……? っ!! そうだわ! あの手があるじゃない!!」

「わ、びっくりした……! もう、いきなり大きな声を出さないでアシュリン……!」

 ジェーンに注意されるもアシュリンはお構いなしで、嬉しそうに天使のような笑みを浮かべている。

「ねぇジェーン? さっき、あなたは私に『どうやってわたしをあそこに連れ出したの?』って尋ねてたわよね? いいわ! 今すぐに教えてあげる!!」

 そう言うが早いか、彼女はジェーンに向かって一直線に突撃する! ジェーンは咄嗟に目を瞑り衝撃に備えた。が、いつまでたってもその瞬間は訪れなかった。

「……アシュリン?」

 恐る恐る目を開けると彼女が部屋から消えており、ジェーンは困惑した。だがしかし、その気持ちはすぐに吹き飛んでしまう。なぜなら、

「……っ!? これってあの時の……!!」

 彼女の身体を、再び正体不明の衝撃が襲ったからだ!

 ジェーンはクラクラしながらも右腕をピッタリと身体に引き寄せ、その手で左の脇腹辺りを反射的に握る。しかし、身長4’8(=142cm)程とかなり小柄な彼女ではその衝撃に耐えきれず、ソファーから崩れ落ちてしまう。左腕は後ろに倒れそうな身体を支えるため、後方に向かってまっすぐ伸ばし床をしっかりと掴んだ。その結果として、上半身は天を仰ぎ、下半身はペタン座りになるような格好で床に座りこんだ。

 そして、そこで初めて、彼女は自分の身に降りかかる異変に気付く。

「! そんな、嘘でしょ!? ……髪が伸びて……待って、色もおかしい……!?」

 そう、元々首にかかる程の長さしかない彼女の黒々とした髪が、色はダークブラウンに変わり、さらに長さも胸に掛かるまで伸びているのだ。ジェーンは動揺を隠せなかった。

 しかしこれらは、この不可思議な現象の序章にすぎない。なにしろジェーンは髪に意識を奪われわからなかったが、彼女のストッキングは少し伸びてほんのり薄くなり、脇腹を握っている右手の指はかすかに長さを増しつつあるのだから……!

「……はぁ……はぁ……なんだか暑いし……肌がヒリヒリしてくすぐったい……。……ねぇアシュリン? ……はぁっ……貴女のせいなの……?」

 ジェーンは、自分が急に汗をかき始め息が荒くなってきているのに気付き、この事態の犯人であろうアシュリンへ呼び掛ける。最初は立ち上がって辺りを見渡そうともしたのだが、動こうとする時に生じる違和感とくすぐったさによって、立ち上がる動作をするのに多大な労力が必要だと思い諦めた。

 しかし反応はない。代わりに経過した時が、熱のせいか軽く紅顔し始めたジェーンの、この現象に対する理解を進めてくれた。

「! ま、まさか……はぁっ……成長しているの……! ……私16なのに……!? くっ、ううっ……この身体……!!」

 まさしく彼女が危惧している通りである。ジェーンは、自分の背が低くあまり起伏のない身体が、そうではない姿に現在進行形で変化しているのを敏感に感じとっていた。まるで自分の身体が、やけにうるさい心臓の鼓動に合わせて、ゆっくりと成長しているようだと彼女は思った。今の彼女は、最初の床に座っている状態から数インチ(=5~8cm)は高く見えるだろう。

 元は余裕を持って、腰までの身体のラインを隠していたキャミソールは、より高い位置に移動した肩と、ボリュームが増し右腕に触れるようになった胸によって上に引っ張られ、結果としてジェーンのヘソを露にする。一方ショートパンツは、元の身体でさえあまり余裕がないサイズだったのが災いした。腰の位置が上がりお尻に脂肪がつき始めたことにより、背中側からはピンクのパンティが顔を覗かした。太さを確保しながらもだんだんと伸びていく太ももは、変化前ではズボンの裾との間にあった隙間を完全に埋めていた。

「身体が……重たい……! それにフラフラして……はぁ……思うように動けない……! まるで私が……ふぅ……どんどん固くなっているみたいだわ……」

 この変身はジェーンの最初の予想とは異なり、ただ彼女を大人の姿に変えるものではない。確かに自分の意思が、変化しているこの身体に上手く伝わらず、ジェーンが呻いている間にも様々な変質が起きている。例えば脚が成長し長くなる度に、ストッキングにもショートパンツにも覆われていない下半身の領域は着実に増えている。例えばのけぞった姿勢により背中とキャミソールの後ろ部分の間にできている大きな空間は、装着者の厚みと幅が徐々に増していくにつれジリジリと縮小している。例えば彼女がしばしば発する吐息混じりのささやきは、変身開始直後のそれと比べると幾分か低くなりつつある。

「……はぁ……成長……っ……止まって……よ……?!」

 しかし変化の本質はそこではない。ズバリそれは、彼女が彼女でなくなりつつある事だと言えよう。その事を示すのは、例えばジェーンの髪がさらに黒みを失いライトブラウンになり、長さも床につくほど伸びている点。例えば耳の先端部分が人間ではあり得ない形に尖りつつあるという点。例えば彼女の茶色の目が、アシュリンのような青色になり始めているという点であろう。

「……あっ……熱い! ……身体が絞められっ……あぐっ!? ……はぁ……そ、そうだ……。これ以上大きくなる前に……早く脱がなきゃ……!! ……はぁ……まずは……ズボンのボタン……!」

 彼女が床上で震え汗をかいている間も変化は止まらず、今や彼女の身長は5’6”(=165cm)程になりシルエットも随分凹凸が目立つ。気付けばおっぱいは右腕に触れるどころか、その上に乗っかって確かな重量を主張し始めていた。一方お尻も体積をますます増し、その肉はズボンを押し付けながら床へ広がっていき、反対にパンティは上に引っ張られますます露出箇所を増やしていた。当然服に余裕などなく、彼女の身体は至るところから締め付けられる。ジェーンはこの痛みと高まる熱、それに伴う奇妙な感覚に顔をしかめつつも、この後に起こるであろう不幸な出来事を回避するために、ひとまずズボンを緩めようと右腕を動かそうとする。だがしかし……、

「?! そ、そんな!………腕が!……あ……脚が!!……いや……ぅぐっ……それどころか、身体がうごかないっ!?」

 その試みはジェーンにとって全く予期せぬ形で失敗に終わる。ジェーンの指示を、身体のほとんどの箇所が全く受け付けつけなかったからだ。かろうじて両手足首と頭部は動かせるが、それだけではとてもじゃないが、身体を衣服の拘束から解き放つことは不可能である。

 相も変わらず緩やかに、だが着実に成長が進む。服の締め付けも一層増し、『ミシッ……ミシッ……!』といった布地が限界まで堪えている音が耳に届く。両足は既に小さすぎるストッキングに圧迫され苦しそうにバタつき、顔は段々と大人びていき、髪と目の色も変化前とまるで違うためかジェーンとは別人のように見えた。この後の予想されうる状況を思い顔を歪めたジェーンは、最後の望みをかけて、アシュリンに言葉を投げかける。

「はぁ……はぁっ……アシュリン……あなたなんでしょ? ……お願いだから……ぐっ……今すぐ止めて!!」

 だが彼女からの答えはなく、代わりにショートパンツのボタンが弾け飛ぶ音が耳に届く。そして食い込みすぎて半ばティーバッグのようになっているパンティが、ズボンの前側が解放されたことによって、俯き歯を食い縛るジェーンの目に写りこむ。ジェーンの心に、諦めの文字が浮かび上がった。そして彼女にとっては残念なことに、それが最後の引き金であった。

「……ぁはん♥️」

 ……ジェーンは信じられなかった。急に胸(正確には全身)が大きくなり、それによりトップに予想外の刺激が与えられた時、自分の口から普段からは考えられないほど、ハスキーでエッチな声が漏れでたからだ。だがそれ以上に彼女にとって不味いのは、彼女が変化への抵抗を諦めてから、先ほどまでとは比べ物にならない速度で成長を開始したことである。

「…………はあっ……はあっ……身体が……熱いッッ……締め付け……キッツ……んぐっ♥️!?」

 成長が急加速したことによる影響は大きかった。サウナにいるかのごとく全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、吐く息は全力のマラソン時よりも荒い。心臓は尋常ではない速度で鼓動し、顔は様々な熱により真っ赤に染められる。背や脚は目に見える速度で伸びていき、おっぱいやお尻と言ったセクシャルポイントは、ジェーンがより官能的な姿になるよう、息をする度に脂肪を蓄え形を整えていく。身体は変化が長引いたせいで、体内に熱として貯まった変身用のエネルギーが暴走を始める。しかもその熱は彼女の本能的な欲を煽りだし、急な成長による痛みに、強まる締め付けによる苦痛、燃えるような熱さによる不快感に紛れて、耽美な快楽もジェーンに味わわせていた。

「……う、うん……はぁっ……ああん♥️……なん、か……敏感に……!……なってる……ぐっ……んっ」

 具体的には、ジェーンのパンティとキャミソールが彼女のデリケートエリアを締め付け刺激する度に、この倒錯的で狂おしい味わいのスパイスが生成されていた。ジェーンは吹き飛びそうな理性や意識を必死につなぎ止め、まだ動く両手を強く握り両足に可能な限り力をいれ踏ん張ることで耐えていた。

「……ッズボッ……ぅぐぅ♥️……はぁ……おし……り…………きつ……すぎぃ……!」

 スパイスの原産地その一。止まらないお尻の膨らみは、自らの谷間に合わせてショートパンツに穴を開け、その隙間にギュギュッと柔らかな肉を押し込んだ。それでもむちむちに膨れた尻肉は収まりきらず、ズボンを大きくはみ出してその魅力をありのままに見せつけた。もう元の身体のくびれほどの太さがありそうな凶悪な太ももは、ショートパンツの最下部を自由を求めて引き裂いた。また脚が筋肉と脂肪をバランスよく蓄えて拡大していった結果、ストッキングはついに耐えきれず『ビリビリッッ!!』と音を立てて無惨にも破れ爪先が顔を見せた。

「胸が……うぅ……大きくて……重い……! はあっ……はち切れ……ちゃいそう……ああんっ♥️」

 スパイスの原産地その二。二つの地球はキャミソール内を縦横無尽に動き回りながらその質量を増やし、小さな服を自身のフォルムにピッタリと巻きつけていた。その圧倒的な大きさによりジェーンの右腕の肘から先は埋もれ、完璧に彼女の視界に映らなくなった。一方キャミソールも、彼女の二つの南半球と魅力的なくびれのみを隠し、二つの北半球とそれが作る谷間や肉感的なお腹とそのおへそといった、上半身のエッチな隙間を隠せないという、胸巻きとでも呼ぶべきようなとても目に毒な衣装に変貌してしまっていた。

「はぁ……はぁ……まだ……続くの……?……!ぅあぐっ!?♥️」

 既に身長は5’10”(=180cm)に到達したが、変化は止まらない。しなやかに伸びた左足の爪先が、震える左手首にキスをした。変化は止まらない。彼女の顔からジェーンの面影が消え、驚く程セクシーな美女の顔へと変貌した。変化は止まらない。耳がさらに尖っていき、俗に言うエルフ耳に変形した。変化は止まらない。キャミソールのヒモがついに負荷に耐えきれず、バルンッ! と胸を勢いよく揺らしながら役目を終えた。変化は止まらない。眩しいブロンド色になった髪は太ももの付け根まで伸び、床に黄金色の絨毯を敷きつめた。変化は止まら……、

「ぁうっ……ぅぐ、んん~~~~!!!♥️♥️♥️」

 ……とうとうジェーンは、この身体のコントロール権を完全に手放してしまう。それゆえ最後の仕上げに対し、呻き声にも嬌声にも聞こえる、声にならない叫びを上げるので精一杯だった。そしてそれすらもほどなくして消散し、静寂が彼女の部屋を包み込む。

「…………………………」

 変化は……止まった。時間が停止したかのように、何もかもが動かない。だがそれは、美女が、四肢に軽く力を入れゆっくりと立ち上がることで破られた。彼女はまじまじと自分の身体をみつめ、小さく頷いて声をあげる。

「うん! 最初の時より手間取っちゃったけど、とりあえず憑依は成功ね! イェイ!」

 女性としてはやや低めで極めて色っぽい声色から、まるで子供みたいなノリノリな発言が飛び出した。さらにその美女は自分の今の格好を気にも留めず、上機嫌でその場をクルッと一回転して豊かな金髪をなびかせ、腰に手を当て溢れ落ちそうな位大きな胸を誇らしげに張っていた。……そんな彼女に焦りと混乱を含んだ声をかける存在が現れる。それも他ならぬ彼女の内側から。

『アシュリン! なんで私の身体が、まるで大きくなった貴女みたいになってるの!? なんであなたが、私の身体で喋っているの!?』

「あ、ジェーン! よかった。狙いどおりしっかりあなたの意識も残せたみたいね」

 美女、……いや、アシュリンは、心の内側から声を響かせる存在、すなわちジェーンに対して呑気な反応をする。

『よかった~……じゃないわよ!? 突然何をしてくれているの!? 私、変身止めてって言ったわよね? 色々とキツかったのよ、あれ!』

 普段温厚なジェーンだが、快と不快が激しく入り交じった変身時の感覚を思いだし、流石にアシュリンのこれまでの態度に対して怒りを見せる。

「あー……いいこと思い付いたと思ったら、いても立ってもいられなくてつい……。それとまだ憑依に慣れてなくて、ちょっとマナの結び付けの調整に手間取ったから大変だったんだと思う。ごめん」

 アシュリンは長い指で頬をポリポリとかきながら、伏し目がちに謝った。それは、普段の愛らしい少女の見た目では、ただ子供が謝っている図にしか見えなかっただろうが、今のグラマラスな美女の姿でのその動作は中々に美しく、見たものは無条件で許してしまいそうになる魅力があった。

『なんでも謝れば済む訳じゃないと思うけどね……』

 なお、ジェーンには効果がなかった模様。しかし彼女はこれ以上怒っても仕方がないと思い、心を切り替えて変身中にずっとアシュリンにぶつけたかった質問を投げつける。

『まぁいいわ、いい加減あなたが私にしたコトと、その結果について詳しく説明してちょうだい。早急に』

「あ、そういえばどう転んでも今日中に説明しないと不味いわね」

 ジェーンの言葉に同意し頷くアシュリン。なおジェーンは、この状態のアシュリンが見ているものを、不思議と映画を見ているかのような気分で共有している。なので彼女の首の動きに合わせて、普段の自分がベッドの上に立ったかのような高さから窓を見ている景色と、服が破れ全然隠れていない二つの巨大な山と、それに視界が塞がれかろうじて爪先しか見えない足元の景色を交互に観測し、無い顔を赤らめていた。

『……? でも、やったコトはスッゴく単純よ。私が宿り木に憑依したのよ。あなたという宿り木にね」

『あーっごめんアシュリン、もう少し詳しくお願い。……まずは憑依から』

 ジェーンに促され、続きを語るアシュリン。

「憑依は、私があなたとのマナによる結び付きを強めて、あなたの身体を私なりに使えるようにすることね。でも使うのは身体だけだから、あなたの心は今もこの身体の中に変わらずにいるってわけ。……安心して。するのも解除するのも私の意思でできるから、一生この格好にはならないわ」

 そう言ってニッコリ笑い、大きく心臓……いや左乳房を叩くアシュリン。当然ブルンッと派手に揺れるが彼女は平然としている。その光景をアシュリン越しに見ていたジェーンは、『妖精は人間の淫らなアレコレはほとんど無知なんでしょうね……』などと考察していた。しかしそのような考察よりも大事な質問があるため、意識を切り替え彼女に精神内で向き合った。

『……そもそも宿り木って何? なんとなく大事なモノなのはわかるけど……』

「宿り木はね! 私達妖精の家であり生命線なの! マナがないと消えちゃう私達にとって、それをいつでも確保できる場所の重要性はあなたでも想像つくでしょ? それが宿り木なの!」

『! つまり、あのサンザシの木が切られたあなたは……!』

「そうよ、消滅の危機だったわ。そしてそんな緊急事態な私は、すぐにでも新しい宿り木を見つける必要があったの。あとは……知っての通りよ」

 寂しそうな目をするアシュリン。しんみりとした空気が流れる。

『えと、その、ごめんねアシュリン……。切ったのは父さんの願いだったとはいえ、大切なあなたのおうちを壊してしまって……』

「ええ、それに関しては本当に怒っているわ! あなたの父親にはキッツい仕返しをしてやるんだから……!」

 アシュリンはこの身体になって、他人にきつい印象を与えがちになった青い目をさらに鋭くして、まだ見ぬジェーンの父に怒りを向けた。

『……せめて、ほどほどでお願いね……』

 父のためアシュリンの怒りを静めるジェーン。「気分次第ねー」と適当な返事をしつつ、本来ジェーン用のため高さがかなり足りていないソファーに、長い脚を畳んで座るアシュリン。その動作によりショートパンツに裂け目が増えたが、もはや誤差である。

「……まぁ宿り木については私にいい考えがあるしまた後で話しましょう。それよりも、さっき思いついたいい考えをやらなきゃ!」

 アシュリンは妖精の姿では持つことすら出来ないバスケットをスムーズに引き寄せ、胸と太ももで挟み込み固定する。そんな楽しげな彼女の様子から嫌な予感を感じ、ジェーンはそれを確かめようと心で声を出す。

『……ねぇ……あなたが私に憑依したのってもしかして……?』

「ええ! アップルパイのためにあなたの身体を使いたかったからよ! だってあのアップルパイ、とーっても美味しかったのよ! なのにあれしか食べられないなんてどうかしてるわ!」

『……それだけの理由で私に憑依したのね……』

「? そうよ。ここなら誰にも変身するところを見られないもの。……あっ安心して! 私は宿り木の貴方と感覚を繋げられるから、ジェーンもちゃんと味わえるわよ! 抜かりなし、よ!」

 言いたいことは言い終わったのか、アシュリンはバスケットから直接アップルパイにフォークを突き刺し口に運ぶ。

「うん、美味しい! 人間の宿り木も仮住まいとしてなら悪くないわね~!」

『私は早くもこの生活に不安を覚えたけどね……』

 アシュリンがアップルパイをほおばる度に、なぜか自分もしっかり味わえることに釈然としない気持ちを抱くジェーン。

『……はぁ……食べ終わったら、まずは無暗に変身しないでって伝えなきゃ……』

 とジェーンは、現在有るけれども無い体の中でそう決意を固めていた。

「さぁ、二個目よ!」


原本:https://www.deviantart.com/kayyack/art/Girl-into-Fairy-Japanese-882612014

これはガール・ミーツ・フェアリー
からの直接の続きです。

初めまして。kayyackと申します。finleytennfjordさんのNew Salemの世界とそのキャラクター達の魅力、極端すぎず良い感じの変身描写へのこだわりに惚れ込みました。そして今回、作者公認でカノンとしてこの作品を投稿させて頂けることに……。嬉しいです!

さてさて、知ってる人はより楽しく、知らない人はこの機会に是非とも知って楽しんでくれたら幸いです。神クリエイター、finleytennfjordとNew Salemの世界をね!

この物語の後編はフェアリー・アウト・ガールです。
https://www.deviantart.com/kayyack/art/Fairy-out-girl-Japanese-935806980

これはニューセイラムという、ある世界の一部です.